上部ベイナイト

 

上部ベイナイトは微細な板状フェライトの集合体で、一枚の板の大きさはおよそ厚さ0.2μm、長さ10μmである。この板状フェライトはシーフ(sheaf)と呼ばれるかたまりで成長する。各々のシーフの中では、板状フェライトは平行に成長し、また、結晶方位が同じである。さらに、それぞれのシーフは母相と一定の結晶方位関係がある。シーフ中の個々の板状フェライトは、しばしばサブユニット(sub-unit)と呼ばれ、サブユニット間には通常、結晶方位のずれが小さい粒界、またはセメンタイト粒がある(1)。

 

1.

Sheaf 上部ベイナイトの微細組織。この写真は、高Si鋼中のもので、Siによりセメンタイトの析出が抑えられている。その結果、ベイニティックフェライト(板状フェライト)間には、セメンタイトの代わりに残留オーステナイトの薄膜が形成されている。(a) 光学顕微鏡組織、(b) BF-透過電子顕微鏡(bright-field transmission electron microscope)組織、(c) 残留オーステナイトのDFdark-field)透過電子顕微鏡組織、(d) ベイナイトシーフの継ぎ合わせ写真(このシーフは光顕では一枚の黒い板状に見える)。(After Bhadeshia and Edmonds, Acta Metallurgica, volume 28 (1980) 1265-1273)

 

上部ベイナイトの形成は最初、オーステナイト粒界からの板状フェライトの核生成から始まる。それぞれの板状フェライトが成長するにつれて、変態領域において形状変化が起こる(2)。この変化は、大量のせん断変形をともなう等方位平面ひずみ(invariant-plane strainIPS)と考えられ、マルテンサイト変態において観察される形状変化と同一のものである。しかし、ベイナイトはマルテンサイト比べ比較的高温で成長する。オーステナイトの強度は温度が上がるとともに低下するため、板状フェライトの周り残留オーステナイトは、この形状変化に伴う大きなひずみを支えることができない。このひずみを補償するため、周囲のオーステナイトが塑性変形する。したがって、残留オーステナイトの降伏により生じた、部分的転位密度の上昇により、階段状(glissile)の変態界面の移動が妨げられる(2)。そのため、この部分的な塑性変形により、板状フェライトの成長は停止し、それぞれのサブユニットの大きさが制限される(サブユニットの大きさはオーステナイト粒に比べ非常に小さい)。

 

Perte de cohérence2

 ベイナイト(明)/オーステナイト(暗)界面で複雑に絡み合った転位。この転位は、変態に伴う形状変化によって生じた塑性変形が原因である。高密度の転位、すなわち加工硬化により、界面が移動できなくなり、その結果、界面の整合性が失われ、サブユニットの成長が停止する。これにより、シーフ中の各々のサブユニットの大きさが制限されることを説明できる。(After Bhadeshia and Edmonds, Metallurgical Transactions A, 10A (1979) 895-907

 

ベイニティックの形状変化は、その成長メカニズムがマルテンサイトと同様せん断変態であることを示している。ベイナイトの成長形態が薄い板状であることからも、変態に伴う形状変化に起因するひずみをせん断変形で最小化していることが分かる。ベイナイトの結晶構造は、原子の協調的移動(coodinated movement)により形成されるので、オーステナイトとベイナイトの間には特定の結晶方位関係が成立するはずである。この方位関係は実験的に確認されており、オーステナイトおよびベイナイトの細密面と、それに応じた細密方位がほぼ平行である。この関係は、大まかにはKurdjumov-Sachs(K-S) typeであらわされる。

 

ベイナイトは一定の結晶学的平面上に生成するが、その癖面(habit plane)のミラー指数はかなり発散している(3)。これは、殆どの測定が光学顕微鏡によって行われていることに起因する。というのも、光学顕微鏡の場合、個々のサブユニットについて結晶方位関係の測定ができず、その代わりに、シーフ中の個々のサブユニットの数、大きさ、そしてその散らばり方に応じた平均のような物を測定しているからだ。これら全ての因子は変態温度、変態時間および化学成分によって変化する。

Indices du plan d'habitat

3 

ベイナイトシーフの理論値からずれた癖面(habit plane)分布とマルテンサイトの癖面分布。(After Greninger and Toriano, Trans AIMME, 140 (1940) 307-336)「シーフ」というところに注意されたい。つまり、癖面の測定は、光学顕微鏡によって行われているため、個々のサブユニットではなくベイナイトシーフ全体についての測定結果であることに注意。

 

 

上記でも触れたが、上部ベイナイトの形成は二つのステージからなる。最初の段階には、極少量(0.02wt.%未満)の炭素を固溶するベイニティックフェライトの生成が含まれる。そのため、ベイニティックフェライトの成長は、残留オーステナイト中に炭素を濃化させる。炭素濃化の結果として、サブユニット間の残留オーステナイトの層からセメンタイトが析出する。セメンタイトの量は合金中の炭素濃度に依存する。高炭素鋼の場合、連続したセメンタイトの層によって分断された板状フェライト組織になり、低炭素鋼の場合は、セメンタイトの微小な粒子が板状フェライト間に生成する。

 

析出したセメンタイトの粒子は、母相オーステナイトと「Pitsch」タイプの結晶方位関係がある。

 

母相オーステナイトと析出した炭化物との間の結晶方位関係には多くのバリエーションがあり、各々の粒子はフェライト/オーステナイトの結晶方位関係により間接的にフェライトと結晶方位関係が成立すると考えられる。

 

仮に十分なSiまたはAl等の合金添加がなされれば、セメンタイトの生成が遅らされ、全くセメンタイトの生成を止めることができる。そして、ベイニティックフェライトと炭素が濃化した残留オーステナイトだけで構成される上部ベイナイトが得られる。もし、残留オーステナイトが室温近くまで保持されれば、マルテンサイト変体が起こることもある。